大きな桜の木が庭にある川の畔の穏やかな里山風景の中に和紙アトリエ十指作(Toshisaku)の住まい兼アトリエはある。桜の花がまだ残る晴れた日の午前中、薪窯の火加減を確認しながら庭のベンチで静かに腰を掛け、僕たちを迎えてくれた。
庭や住まいには造形アーティストだったご主人の作品や、ご自身の作品がさりげなく佇む。
窯の中には和紙の原料である楮(コウゾ)の皮が入っていた。皮だけを煮て柔らかくし、繊維質になるようにしながら灰汁抜きをする工程だ。楮の芯も薪棚に並び、焚き付けに使う。
飯能のこの長閑な里山風景を気に入り、加茂さんは飯能に拠点を移し、30年以上活躍する和紙造形アーティスト。飯能に程近い小川町で和紙を学び、和紙漉きを生業とし、その素材特性を活かして空間演出や造形作品を手掛けている。
小川といえば‘和紙’と言われるほど有名な小川和紙。中でも楮だけを使用した「細川紙」の製造技術は、国から「重要無形文化財」の指定を受けている。
住まいに入ると、外観の造りからは思いもよらなかった鉄骨構造剥き出しの広い土間があり、外ともつかず中ともつかない中間領域のそこがアトリエだ。
1人で全ての工程が無理なく、無駄なくできるような工夫が施され、そこには流れるような美しい和紙づくりの作業風景があった。
煮る前の乾燥させた楮がアトリエに並んでスタンバイしている。今までは家で楮を育て、使う分の枝を採って和紙づくりをしていたが、去年の台風で木が全部駄目になってしまった。
黒い皮、白い皮の間に甘皮がある。時間をかけて黒皮をナイフで削っていく。甘皮の削る塩梅で和紙の仕上がりに影響がでる(チリが入る)という。煮た楮はさらに水に浸け、濁った水を何度も交換しながら、色を抜いていく。全ての工程が手作業で行われ、一本一本目で見て手の感覚で不純物(チリ)に触れ、取り除いていく気が遠くなる作業だ。
原料の楮(コウゾ)から、素材(和紙)へと生まれ変わるまでの地道な作業は想像を遥かに超えるものだった。取材の申し入れをさせてもらった時に、いろいろと考えを巡らせて頂き、全ての工程が一日で見られるように当日に向け段取りしてくれた。
そんな作業を加茂さんは馴れると楽しい。無心になれて心が整うと話す。
楮の繊維を叩いてほぐす作業も淡々とリズミカルに無心で作業を続けていた。叩き加減でも仕上がりの表情が様々で、創りたい作品に合わせて加減する。
一つ一つの作業が無駄な動きが一切なく、作業の導線も完璧だ。
その後桶で繊維をほぐし、和紙を作るための下準備が完了した。ようやくここから一般的に和紙づくりで想像する手漉き(流し漉き)が始まる。
紙を漉いている時のたぷったぷっと水の心地好いリズムも心を整えてくれる。
何度か繰り返していくうちに、溜まった白が濃くなって、その雰囲気で紙の厚みを読む。
乾燥前にプレス機に和紙を挟み、繊維を締める事で丈夫な和紙になる。
今は簡単にモノが買えてしまう時代、原料から和紙を造る理由を、紙になる前の状態から創作のイメージが広がると加茂さんは話してくれた。
手作業でないとできない部分が多い和紙づくり。その分職人的な動作が重要。どこまで丁寧にやったかによって最終的な結果に出る。それが手作業の醍醐味だと。
舞台演出や個展のほか、創作和紙を若い方が部屋に飾ってくれることがうれしいと、飯能にあるシェアアトリエ‘AKAIファクトリー’にも所属する。小物制作なども手掛けるようになり、AKAIファクトリーやそのオンラインショップなどでも作品の購入が可能だ。