LIFE story No.8 【陶芸家 荻野善史】

飯能市名栗在住、陶芸家、荻野善史
人と人の繋げ役

 

オギとの出会いは10年以上前の事になる。僕がREFACTORY antiquesを始める前、共通の知人が営むカフェで出会ったのが始まりだ。僕が飯能で店をオープンさせるために準備を始めていた時、最初に訪れてくれたのもオギだった。あっ、あの時の・・・

その後は僕が作業しているのを見かけるとたまに立ち寄ってくれ、お互いに何かまだ芽が出ているわけじゃないけれど、こんなことしてみたい、こうなりたいと希望を話し合った。そんな中で一緒に何かできる機会が生まれたらいいねと話していた事が、約10年の歳月を経て今お互いの状況でようやく実現する事に。
広い庭で成形した土を乾燥させる作業
当時通っていた大学が青梅にあり、実家にも程近い東京郊外で陶芸ができる拠点を探していた。それまでは自宅の物置のようなスペースで轆轤を挽き、陶芸教室や貸窯などを友人と共同で一時的に借り作品を焼き上げていた。
住まいには灯油窯が設置されている
今でこそ全国各地で手づくり市やマーケットが多数開催され、出店や販売の機会が増えたが、当時はあまり知らなかったので友人とグループ展などを企画して作品の販売していた。
プリミティブな模様が特徴の陶芸作品
昔からネイティブアメリカやアイヌなどの民芸に惹かれるものがあったと話す。様々なスタイルの陶芸家の知り合いはたくさんいるけれど、展示会を見に行くよりは博物館などで土器や文化を探る事が好きだった。何かを創り出す仕事がしたいと漠然と考えていたが、土を掘ってくるところから始まり、一連の流れをゼロから自らが作り上げる事のできる陶芸が自分には合っているのではないかと思い、突き詰めた事が陶芸家になるきっかけの始まりだ。
木工作家の方とセルフビルドした住まい
陶芸をする傍ら飯能にいる木工作家の元でアルバイトをする事に。その木工作家の方の紹介で近所にある理想的な土地を見つけ、住まい兼工房を建てる事に。木工作家の方に主に建ててもらい、自らも手元として家づくりを手伝った。仕事の合間合間に家づくりをしていたから、つくり出して3年くらい経ってからようやく安定して住めるようになった笑っ
玄関にはステンドグラスをあしらう。
2011年、震災が起こり、焼き物の販売にしても展示会などが相次いで中止になり、大変な事になった。物を買わないような風潮があり、楽しむ事が不謹慎と思われるような流れを感じ、でもそうじゃないような気持ちも心にあった。苦しいときこそ内輪のノリでもいいから盛り上がっておいしいものを食べたいとか、良い器でとか、いい音楽でとか気分をみんなで上げていこうよ、みたいな事が必要な気がして、なおかつそれでお金が回ったらそれを被災地に渡すこともできるのではないかと知り合いと話し合い、飯能で‘てとてと市’を開催する事に。
1Fが主に作業場、2Fが居住空間
日頃人との関わりを大切にしているオギは、友達に話が広がり、またその友達へと広がり‘てとてと市’はその輪の連鎖で開催に繋がった。本人は意識している事ではないが、普段から周りの人たちに気をかけ、何かあると足を運び、いつもそこにはオギがいた。そこで初めて知り合ういろんな人とたくさん話をして、地域でどんどん輪を広げていった。
一度店にある観葉植物を植木鉢に植え、雰囲気を見てみる。
‘てとてと市’は始まってもう10年近くになる。僕は途中参加だが店を始めてからオギに誘われ、毎年参加する事を楽しみにしている。そしてようやくお互いの今の状況で、昔話し合った「いつか一緒になにかやりたいね」が実現する事になった。
オリジナルのプランター制作のためサンプルを準備してもらい打ち合わせ